HKT森保 まどかのピアノ演奏(異邦人)について(2)追記

三ヶ月振りに 1 月 8 日のHKT 森保まどかのピアノ演奏を動画で見た。良い演奏である。音がいい。ここで、私の書いた記事の内容に、訂正の必要が無いことに安心している。

HKT森保まどかが、10 年後もアイドルをしているのかはわからない。かなりむづかしいだろう。しかし、彼女のピアノの音の質の高かさを考えると、将来、ピアニストとして大成功というのは、十分考えられることである。

HKT森保まどかが、プロのピアニストとして、日本のトップ10以内の力をつけるには、どうすればよいのだろう。今の彼女より、聞いて良くないプロのピアニストは沢山居る訳だが、下を見てもしょうがないのである。では、上を見たときにどうすればよいのだろう。今回、動画を見直して気づいたことを四つほど書いていくことにする。

 

(1)わずかなリズムのブレ      

 上を見据えて話をしている。彼女のこのピアノの演奏を聞いて、リズムのブレに気づく人はプロの演奏家でも少ないと思う。部分的にではあるが、インテンポのところでも、テンポが揺れるところ(リタルダント、ルバートなど)でも、それがわずかに見られ、わずかな不安定感に繋がっている。

 上(トップピアニスト)を見据えた話をしている。彼女はリズム感が悪いのか?と言えば、一般的にはそうではない。彼女の特筆すべき音楽上の優れた能力は、二点である。発音のタイミングの良さ、そして、音に「何か」を乗せる能力である。この二つに関しては、プロの世界に入っても、他を圧倒する力を持っている。ピッチに関しては調律師任せのピアノの世界では、大雑把に言うと、ピアノ音楽はこの二点で決まると言える。凄いポテンシャルを彼女は秘めているのだ。一般的にはこうなる。しかし私は今、日本のトップピアニストを見据えて話をしているのである。

 時間的長さのあるピアノの音を、一個のリズム上の中心点に置き換える彼女の能力は、天才的でさえある。その為に、彼女が弾くピアノの音には、感覚的な遅れがほとんど見られないのである。一言で言うとシャープである。そして、前進感(ドライブ感)がある。日本のプロのピアニストの 70 % は、指は動くが、ただの遅れピアノである。クラシックピアニストに多い。「ポーン」と鳴る、長さのある音のどこをリズム上の点にするのかが、まず、リズム感の原点と言える。HKT森保まどかの場合、ピアノの音の先端(アタック)から、かなり後にリズム上の点があるはずである。テンポ132 で 16 分音符の音が一個鳴った場合、音が消えた空間に音の点があるということになる。そして、なぜ音を点に置き換えなければいけないかというと、点で比べないとわずかな音のズレが、感知できないからである。彼女が、ピアノの音を点でとらえているとすれば、私の言う「わずかなリズムのブレ」は、彼女も感知できるはずである。さて、感知できたとして、どうすればよいのだろうか?

 この「わずかなリズムのブレ」は、インテンポのところと、テンポが揺れるところの両方に、部分的に見られるが、まず、インテンポの正確さのレベルを、もっと上げることである。インテンポの正確さは、マクロ的とミクロ的の2つに分けられる。マクロ的とはテンポのキープ力のことである。そしてミクロ的とは、一拍の長さが正確としても、その中の 8 分音符や 16 分休符などの長さが、正確であるかどうか?ということである。ミクロ的に正確であれば、マクロ的にも正確である。しかし、その逆は必ずしも成立しない。テンポのキープ力があっても、フレーズが良いとは限らないのである。インテンポのフレーズが、マクロ的にもミクロ的にも正確であれば、テンポが揺れる時も、自然に揺れるようになる。インテンポのリズムにブレがあるようでは、テンポが揺れる時もブレるのは当然である。尚、テンポが揺れる時の演奏の拠り所となるのは、頭の中にその瞬間に浮かんだ、テンポの揺れたメロディである。では、インテンポのフレーズを正確にするにはどうすればよいか?である。

 マクロ的には、常時、メトロノーム(クリック)を使用してトレーニングをすることである。この時大事なのは、メトロノーム(クリック)の音にピアノの先端(アタック)を合わせないことだ。はっきりズレがわかる位、メトロノーム(クリック)の音より、ピアノのアタックを前に弾かなければならない。メトロノーム(クリック)に、ピアノのアタックを合わせて弾けば、HKT森保まどかのピアノは、ただの遅れピアノになってしまう。かなり危険である。そして、ミクロ的には、フレーズの裏を、意識したトレーニングをすることである。曲をCDにする場合、編集ソフトを使ってクオンタイズをかければ、インテンポのところは一発で修正できる。テンポの揺れるところは、修正という意味では可能だが、その瞬間に頭の中に浮かんだ揺れるフレーズとなると不可能である。でもこの編集ソフトの使用は、小学生でもプロの音になるということで、かなり下を向いた話になってしまう。

かなりむづかしい話になってしまったが、上を見据えての話であり、ここは、プロ向けの場所である。

 

(2)アクセント    

  この曲「異邦人」は、ポップスである。ポップスは、 8 ビートの歌謡曲ではない。歌詞は日本語だが、リズムはロック(ブルース)のはずである。リズムは洋楽なのである。そして、リズムとは、強弱のことである。発音のタイミング、消音のタイミングも、よく考えれば、強弱である。強弱のレベルが  0 (ゼロ) 、 それが無音の状態である。発音のタイミングと、消音のタイミングで、音の長さが決まるから、音の長さも、強弱ということになる。

  個々の音の音量を同じにすることが、トレーニングで出来たとしても、「演奏というのは、頭の中に浮かんだメロディを弾くことだ」 とすれば、日本人の演奏家の頭の中には、日本人特有のアクセントのついたメロディが浮かぶはずである。 そして、それをそのままストレートに演奏すれば、当然日本人特有のアクセントのついたメロディになる。個々の音の音量を同じにする技量があり、アクセントをつける意志が無いとしても、日本人特有のアクセントがつかないとは言えないのである。日本語を話す日本人であれば、その可能性は高い。

 私という、ひとりの人間の中に、2  種類の脳細胞が共存している。一つは、「とにかく、ポップスはリズムが洋楽なのだから、日本人特有のアクセントは消し去るべきである。日本人特有のアクセントがついてしまえば、 8  ビートの歌謡曲と、どこが違うのか?同じではないのか?」という脳細胞。もう一つは、「そもそもポップスは、日本語と洋楽のリズムの混合なのだが、ブレンドの仕方は色々ある。メロディは日本人特有のアクセント、というのもあっていいんじゃないか?」という脳細胞。私の体の中でこの  2  種類の脳細胞が戦っていて、この時点で決着はついていない。ロジックとして見れば、後者の「メロディは日本人特有のアクセントというのもあっていい」が圧倒的に有利である。しかし音楽は、数学ではない。理屈ではなく、実際、どう聞こえて、どう感じるのかである。 聴感上、どちらが綺麗に聞こえるのかというと、前者の「日本人特有のアクセントを消し去る」の方である。ポップスだけでなく、洋楽もピアノで弾くということを視野に入れると、こちらを勧める。強拍は強く弾くところではない。

  しかし、この 2  つの脳細胞のどちら側に立つかは、HKT森保まどかが決めることだが、仮に、「日本人特有のアクセントを消し去る」という前者の側に立った場合、具体的に、「日本人特有のアクセントを消し去る」には、どうすればよいのか?それは、頭の中に浮かぶメロディに、日本人特有のアクセントがつかないようするしか、他に方法はないのだ。それには、普段からフレーズのアクセントを意識すると同時に、日本人特有のアクセントを消したフレーズを「唄いながら、弾く」ことだ。日本人特有のアクセントを消したフレーズが、頭の中に浮かぶようにすればよいのだ。

 

(3)即興性

 プロとして考えた場合、ジャズピアノでなくても、即興性は大事である。と、いうよりも、あらゆる音楽が即興である、ということが出来る。

 演奏というものが、その瞬間に頭の中に浮かんだメロディを、ストレートにそのまま弾くことだとすれば、同じ曲を演奏していても、いつもと違ったメロディが頭の中で鳴った時、頭の中で鳴った、いつもと違うメロディを弾くという選択がベストである。この時、いつもと同じメロディを弾いたとすれば、それは自分に対し嘘をつくことになるし、自分の演奏ではなくなる。ただし、これは状況にもよる。

 また演奏の瞬間に、頭の中に浮かんだフレーズが、メロディ的には同じでも、音の強弱、発音のタイミング、音の長さが、微妙に違うというのは普通にあたりまえにあることである。そしてその「微妙に違う」をストレートに弾く。この意味では、クラシックを含め、あらゆる音楽が即興である。

 ポップス、ロック、ジャズの分野で、プロが使用している譜面には、弾くべき音の  60  % 位しか書いていない。 40 % は、即興で埋めるのだ。Fill in とかの指示がなくてもである。ドラム譜に関して言えば、テンポと基本パターン、小節数、キメ、位しか書いていない。それを即興で、どう膨らませるかがドラマーの腕である。

 コーダルな曲における即興演奏には、何通りかタイプがあって、(A)  コード進行に、はずれないように即興演奏をする。(B)イントロやエンディングによくあるタイプで、メロディはもちろん、コード進行も即興で創って演奏する。そして、(A)も(B)もテンポが一定の場合と、テンポルバート、テンポフリーなど、リズムも即興の場合がある。

 美しいというレベルでアドリブ演奏するには、年単位の時間が必要だ。

 

(4)譜面を書く(編曲)

 HKT森保まどかが、自分のピアノスタイルを創っていくには、ピアノ譜は自分で書くのが、一番良い。小編成のバンド演奏の場合は、ドラム、ベース、ギター位は、自分で譜面を書くのが良い。そして、ストリングスやブラスは、アレンジャーに任せる。他人の書いたピアノ譜を弾いているようでは、自分のピアノスタイルは出来ない。作曲は出来ても、出来なくてもどちらでも良いが、最低限、自分のピアノ譜の編曲はしなくてはならない。

 

(5)音に「何か」を乗せる確率を上げる

 映画「戦場のピアニスト」のモデルであるシュピルマンが、映画の中で使用された曲と同じショパンの曲を弾いている代表的な CD がある。映画の中のピアノ演奏は別人である。シュピルマンではない。このシュピルマンの CD の 1 曲目を聞くと、とにかく凄い。映画の中の同じ曲が、薄っぺらく聞こえてしまう。シュピルマンのピアノの音には、HKT森保まどかのピアノの音と全く同じ「何か」が、彼女と同様に深く乗っているからだ。映画の中のピアノの音とは別物だ。しかし、シュピルマンのこの CD の 1 曲目以外の曲は、音に「何か」は乗ってはいても、かなり薄い。この CD を作ったプロデューサーも、このことがわかって いて、一番出来のよい曲を 1 曲目にしたのだと思う。この CD は、 1 曲目がすべてと言ってもよい。

 この、音に「何か」を乗せるという行為は、深く乗る時と、薄くしか乗らないときの ムラ が出やすい。HKT森保まどかは、この点大丈夫だと思うが、彼女の大きな武器の一つである、この、音に「何か」を深く乗せる確率を上げることは、プロの世界で彼女のピアノ演奏が輝き続ける為には、大事なことである。(2015/4/14)

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