ボサノバ・・・ダイアン・クラール、アストラッド・ジルベルト、サリナ・ジョーンズ それぞれのクワイエット・ナイツ(2)

短いイントロが終わって、唄が始まるとすぐに、ドラムの 2 小節パターン : 8 分休符・付点 4 分・ 4分・4 分休符 ・小節線 ・ 4 分 ・ 4 分休符 ・ 8 分休符 ・ 8 分 ・ 8 分休符 ・ 8 分: が始まる。これに、2拍、4 拍の頭に、フットハイハットの音が加わる。 8 分音符連続の刻みもある。これらが複合されたパターンとそのバリエーションが、全体の 70% を占める。ラテンのソンのクラーベに近いボサノバの特有のパターンは確か 2 回だけと少ない。全体にゆるい感じのこの曲の中で、比較的タメも少なくピリッとしていて好感が持てる。

ギターの 1 小節パターン :4 分休符 ・ 4 分 ・ 8 分休符 ・ 付点 4 分 : は全体の 90% 位をこれと、このバリエーションで演っている。ギターのパターンは少しタメていてドラムに較べてゆったりと聞こえる。

ベースは :付点 4 分・ 8 分・ 2 分: のボサノバとしては普通の 1 小節パターンが多い。フィル・イン的に動くこともある。当然ボサノバのベースなのでかなりタメて弾いている。

この曲のそれぞれのタイミングをまとめると、一番前がドラムのアクセントパターン、次がボーカルとギターのリズム、次が間奏でわずかに聞こえるピアノのセカンドメロ、次がベース、そして最後にストリングスになる。ピアノもダイアナ・クラールが弾いていると思うが、唄に較べてピアノの音をかなり後ろに置いている。ストリングスがかなりタメているので全体の雰囲気はかなりゆったり暗く感じるが、ボーカルはそれほどタメてはおらずこのテンポからするとこんなもんだろう。よく聞くと、唄はほどほどにシャープだ。しかしアストラッド・ジルベルトクワイエット・ナイト(コルコバード)は意外にもタイミングはもっと前だ。力を抜いてささやくように唄っているので遅れているという先入観があるが、ほとんどタメていない。シャープだ。ダイアン・クラールより前なのだ。アストラッド・ジルベルトは共演のサック奏者スタン・ゲッツのソロとほぼ同じタイミングで唄っている。

ダイアナ・クラールは、この曲(クワイエット・ナイト)をどんな風に唄っているのだろうか? かなり力を抜いてけだるく囁くように唄い始める。クラシックではありえない声の出し方だ。こんな力を抜いた発声になったのは曲想からだけではあるまい。ダイアナ・クラールはアストラッド・ジルベルトの同じ歌クワイエット・ナイトを聞いているはずだ。ボサノバの古典で無視は出来ない。少なからず影響を受けていて、アストラッド・ジルベルトほどではないが、ダイアナ・クラールはかなり抑えた柔らかい声で唄っている。が、他の点はかなり違っている。

まず、最初から最後までベンディングだらけである。そして、ほとんど全部のボイスにビブラートをかけている。ビブラートは回転が速く浅いものと、回転が少し遅く深いものとの2つを使い分けている。ベンディングにもビブラートがかかっている。これらの特徴は、ジャズというよりブルースに見られる唄い方である。ジャズボーカリストが全員こんな唄い方をするわけではない。もちろんブラジル音楽もこんなにベンディングが多くはない。アストラッド・ジルベルトの唄い方はビブラートはなくベンディングもわずかである。ダイアナ・クラールの唄は、ピアノもだが,かなりブルースの影響を受けていると言える。ボサノバはジャズとブラジル音楽の融合である。クラシックとブラジル音楽の融合ではない。ジャズの中にブルースがある以上、ダイアナ・クラールのこの唄い方もボサノバなのだ。融合されて、どの部分が強く出るか、なのだ。もう一つ、アストラッド・ジルベルトと異なるところは、ダイアナ・クラールの方が男性のように声が低く太いことである。

ダイアナ・クラールの唄のピッチについては、わずかにではあるがルーズである。だが、違和感を感じるほど大きなズレではない。しかし、例えばジェリー・ロンドンと較べると少し甘い。ジェリー・ロンドンのCDはかなり古い録音で当然ピッチ補正等はしていない。パンチ・イン(部分的な取り直し)はあったとしても、あのピッチ感は素晴らしい。しかし、ダイアナ・クラールはこう反論するだろう。”ジェリー・ロンドンの素晴らしいピッチ感は、平均律としてのものじゃないの? 彼女の唄はクラシックではなく、ジャズでしょう。平均律できっちと唄わなければいけないの?”  もっともな話である。しかし、ジャズピアノは当然平均律である。ジャズピアノはジャズではないのか? またきっちり平均律で唄っているジェリー・ロンドンの唄は、ジャズボーカルではないのか・・・ということになる。

困ったことになった。ダイアナ・クラールそしてジェリー・ロンドン、双方とも顔の立つ説明はないものなのか。

こんな考え方がある。この考え方であればオーネット・コールマンがわかるし、マイルス・デイビスの”Bitches Brew”もよくわかる。ジャズは、クラシックとアフリカ民族音楽の融合というより混合である。混ぜ合わせる時にどれを取り入れてどれを捨てるかで、かなり違ってくる。ジェリー・ロンドンのジャズボーカルは、混ぜ合わせる時に平均律を取り入れ、クラシック寄りのジャズになったと考えることが出来る。そしてダイアン・クラールのボーカルは、平均律もあるがアフリカ民族音楽の音律と唄い方も取り入れ、かなりアフリカ寄りになっている。どちらも立派なジャズボーカルなのだ。ボサノバの場合、これにブラジル音楽の音律と唄い回しが混ざって来ることになる。ただ、アフリカ民族音楽の音律が詳しくはわかっていない。一応ブルーススケールというものがあるが、理論書には譜面で書かれている。譜面に書かれていると言うことはほぼ平均律で書かれているということと同じことだ。アフリカの民族音楽の音律がブルーススケールだとすれば、アフリカ民族音楽の音律は平均律と同じということになる。これは違うだろう。平均律のその音に近いということなんだろうけども、センタートーンがあって、二番目の音が平均律と較べて高めなのか低めなのかはっきりしない。三番目の音(ブルーノート)に関しては、低めが良いとか多少情報があるものの実際の演奏にかなりばらつきがあり、かならずしもそうとはなっていない。ブラックミュージックは平均律より高めに唄う人が多い。二番目の音も、三番目の音も、具体的に平均律より半音の 1/4音低いとか高いとかいうのは聞いたことが無い。結局はアフリカ民族音楽の音律についてはわかっていないと言える。それにアフリカ民族音楽の音律もかなり多数あることが考えられ、複数の音律がジャズにおいて混ざってきたということになり、少しアバウトに考えた方が良いというのが現状だと思う。又、コードのバッキングが平均律の楽器(ギター、ピアノ)でされており、メロも平均律に近くならざるを得ない。いつの時代の民族音楽もその時代の色々な音楽の混合であり、たまたま出来た混ぜ具合のその時の現状を次に繋いで来ている。そして、それがずっと繋がって現在の音楽になっているのである。昔から音楽の混合は続いており、今も音楽の混合は進行中なのだ。(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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