涙そうそう(夏川りみ)は なぜ 沖縄っぽくこえるのか?

Jポップスにおけるオリジナリティとは・・・

涙そうそう」は、森山良子 作詞、BEGIN  作曲の J ポップスであるという認識である。なぜ、沖縄っぽく聞こえるのか?「レ ラ 抜きの琉球旋法でメロディが出来ているから、沖縄っぽいのだ」となれば、これから先の話は無い。実際に、夏川りみが唄う「涙そうそう」のメロディを採譜してみると、 F のメジャーペンタトニックスケールが大部分で、一部 F のメジャースケールで出来ている。このメジャーペンタトニックスケールは、日本の民謡に使用されていることも多く、沖縄の民謡にも使用されることがあると言われている。そして、このメジャーペンタトニックスケールとメジャースケールは、今日、世界中のポップス、ロック、JAZZなどで、頻繁に使用されるごく普通の一般的なスケールなのだ。このメジャーペンタトニックスケールに、沖縄っぽさの秘密があるとは思えない。では、なぜ、「涙そうそう」(夏川りみ)は、沖縄っぽく聞こえるのか? その理由の一つはわかっている。バックに三線の音が流れているのだ。弾いているメロディは、ほぼ、KEY  F の琉球旋法でできている。これによって、沖縄っぽい背景が創られているのは確かである。しかし、私が注目しているのは、夏川りみの唄の中に、沖縄っぽさが強く感じられることである。この夏川りみの唄と、他のJ ポップスの唄、どこが違ってどこが同じなのか?例によって、唄のアナライズをしていく。 まず、最初にいきなりだが、唄の二番の最後「あえる と 信じ いきていく」の「く」を聞いてほしいのだ。「く」を発音してすぐに、小さくピッチを下げてすばやく元に戻している。これを V ターンとする。この V ターンの後、ストレートで伸ばして、かなり伸ばした後に、もう一度  V ターンをして、ビブラートをかけながら伸ばしている。二回目の Vターンの方が、一回目よりもピッチの変化が大きく、認識しやすい。一回目の Vターンは、何度も注意して聞かないと、わかりにくい。この V ターンを、頭に置きながらでないと、この唄のアナライズについて来れない。尚、逆 Vターンを∧ターンとする。唄のピッチについては、今回は言及しないことにする。CDにおいては、ピッチ補正はあたりまえのことだ。ライブ映像の方がCDよりピッチが少し甘い。(平均律として)

(ふるい アルバム めくり い)

「ふ」の発音の後に Vターン。 「る」の発音の後にわずかに Vターン。「い」を短く切って、隙間を作っている。「ア」は、軽くビブラート。「バ」でゆるやかで大き目の ∧ターン。それを「ム」につないでビブラート。そして声を切って、少し隙間を作っている。「メ」で、わずかにビブラート。「く」の発音の後に Vターン。「り」も同様に Vターン。「い」で軽くビブラート。アクセントは、「ふ、い、ア、バ、め、い」になっている。

(ありがとー おって つぶやいた)

「あ」でビブラート。「り」の発音の後に、Vターン。「が」で大きくベンディングアップ。「とー」で、ビブラートがかかっている。次の「お」と「っ」の間で、 Vターン。「ぶ」でビブラート。「や」と「い」の間で Vターン。「た」で軽くビブラート。アクセントは、「あ、と、つ、た」に。それより、やや小さなアクセントが「り、おっ、や」についている。これは、わかりやすい。4 / 4 として、拍の頭に全部アクセントがついていて、一拍、三拍が、より強調されているということだ。

(いつも いつも むねのなかー)

「い」で、わずかにビブラート。「つ」と「も」の間に、小さな Vターン。そして、「も」で、ベンディングアップして、今度は、前より少し深い Vターン。これは、ビブラートではない。ビブラートとするには、 Vターンの直後、続けて ∧ターンをするか、続けて Vターンのもう半分は必要だ。ターンは、行って戻るという意味である。ビブラートは、行って戻っての連続だ。二回目の「いつも」は、一回目とほぼ同じになっている。「ね」で、ビブラート。「の」と「な」の間に、 Vターン。「か」の発音の後に、 Vターン。これも、ビブラートではない。アクセントは、「い、い、む、かー」。やや小さめのアクセントが「つ、つ、の」である。拍の頭にアクセントと、シンプルにいけば良いが、そうではない。「いつも」の「も」も、かなり大きい。これは、「つも」で、跳躍しているからだと考えられる。跳躍した音にアクセントがつくのではないだろうか。「か」もかなり大きいが、拍の頭の少し前である。これは、シンコペーションと考える。とりあえず、こうしておこう。

(はげまして くれる ひとよー)

「げ」と「ま」の間に、 Vターン。「ま」で、ベンディングアップして、「し」でビブラート。「て」の発音の後に、 Vターン。その後に、少し隙間を作っている。「れ」と「る」の間に、小さな Vターン。「る」は、かすかにビブラート。「ひ」の発音の直後に、小さく Vターン。「と」で、少し伸ばした後に、また、 Vターン。「よ」の直後に、もう一回小さく Vターン。ストレートで伸ばし、次の頭でビブラート(?)。これは、 Vターンの後、ビブラートにも聞こえる。アクセントは、「は、し、れ、よー」。やや小さなアクセントが、「げ、て、ひ」となっている。例によって、「はげまし」の「げま」が、跳躍していて、かなり大きい。

(はれわたる ひも あめのひもー)

「はれわたる」の文字の間、四ヶ所に、小さな Vターンがある。「は」と、「れ」の間、「れ」と「わ」の間は、小さくてわかりにくいが、ここを、実際に真っ直ぐ唄ってみて、雰囲気の違いを比べてみると 小さな Vターンがあるのがよくわかる。「た」は、 Vターンの後、ビブラートをかけながら伸ばしている。「ひ」の発音の直後に、 Vターン。少し伸ばして、「も」の発音の直後に、 Vターン。「あ」で、少し派手な Vターン。「め」で、わずかにビブラート。「の」と「ひ」の間で、小さく Vターン。「ひ」と「も」の間でも、わずかに Vターンがみられる。「も」で、ビブラート。このパートの最初から最後まで、ブレス無しで一気に唄っている。アクセントは「た、ひ、め、も」。やや小さめのアクセントが「も、あ、ひ」にみられる。「はれ」が、少し大きめである。

(うかぶ あの えがおー)

「う」は、短く切って、軽く ∧ターン。音を丸めている。「か」で、ビブラート。「の」で、ベンディングアップ。その後、 Vターン。「が」の発音の後に、 Vターン。「おー」で、ビブラートをかけている。アクセントは、「か、あの、え、おー」で、中でも、「あの」が強調されている。これも跳躍が、理由だ。

(おもいで とおく あせても)

「おもいで」の文字の間、三ヶ所に、 Vターン。「も」と「い」の間の Vターンは、わずかである。「い」と「で」の間の Vターンも、小さい。「で」は、ビブラートをかけながら伸ばして、最後にわずかに Vターン。これは、わかりにくい。「とおく」の「お」の直後、 Vターン。「く」の後も、 Vターン。そして、「あ」で、派手な Vターンを決めて、「て」と「も」の間に、また Vターン。「も」でビブラートをかけている。アクセントは「で、お、く、あ、も」についている。やや小さなアクセントは、「も、て」である。「く」のアクセントについては、本来はやや小さなアクセントであるべきかもしれない。しかし、ここも跳躍している。「あ」のアクセントは、本来は、次の「せ」にあるべきだが、前にずれている。これは、「あ」が逆に下に跳躍(ベンディングダウン)しているからだ。 2 つの音があって、跳躍する場合、前の音にアクセントである

(おもかげ さがして)

「お」の直後に、 Vターン。そして、軽くビブラート。「か」の後に、 Vターン。そしてピッチを持ち上げ、下げる、 ∧ターンで「げ」に繋いでビブラート。「さ」で、ビブラート。次の、「が」と「し」の間で、 Vターン。これは、わずかだ。「し」と「て」の間でも・ Vターン。続いて、∧ターンで「て」につないで、ビブラートしている。アクセントは「お、か、さ、し」になっている。「か」と「し」については、本来はその後にアクセントがくるものが、前にずれこんでいる。「か」「も」「し」も、直前の音より、かなり跳躍いていることが原因である。

(よみがえる ひは なだ そう そう)

「よ」と「み」の間に、 Vターン。「み」と「が」の間に Vターン。そして、「が」で、ベンディングアップ。「え」と「る」の間に、ビブラートをかけながらの Vターン。「ひ」で Vターンしながら、ベンディングダウンして、「は」に繋いでいる。「な」と「だ」の間で、 Vターン。そして、ビブラートしている。「そ」と「う」の間で、ベンディングアップ。二回目の「そ」と「う」の間で、 Vターン。そしてビブラートをかけている。アクセントは、「よ、え、な、そう」。この「そう」は、一回目の「そう」だ。やや小さなアクセントは、「み、ひ、そう」に、ついている。

このアナライズを、大雑把に要約すると・・・ Vターンと、それに続くベンディングアップ。そしてビブラートが目立つ。拍の頭にアクセント。  4 / 4 として、一拍と三拍のアクセントがより強調されている。メロディが跳躍すると跳躍した音にアクセントがつくことが多い。

タイミングについては、少しタメて、唄っているのだが、伴奏の、打楽器、三線、ベースの音より、かなり前に声を置いている。 A メロも、Bメロも、タイミングは、ほぼ変化していない。ピッチは、ほぼ平均律にそって唄っている。ベースも、ストリングスも、平均律だ。三線は、少しピッチに癖があるが、これも平均律に近い。かなり薄いが、声に ”なにか”が乗っているのが、感じることができる。BEGINの(涙そうそう)の方が、もう少し濃く乗っている。と、こんな感じだ。

この中で、普通のJ ポップスと違って、目立っているのは、 Vターンが、多用されていることである。他の J ポップスで、Vターンが全然ないわけではないが、少ない。他の J ポップス、ロック。ブルース、JAZZで多いのは、ベンディングアップして元に戻す、 ∧ターンである。 V ターンに比べて圧倒的に多い。この ∧ターンのベンディングアップするところを、夏川りみの「涙そうそう」では、ベンディングアップの直前に、小さな Vターンを入れることが非常に多いのだ。そして、普通に Vターンのみの場合もかなり多い。日本民謡に、この Vターンが多用されているのか?気になって、何曲か聞いてみた。

実際、この Vターンが、かなり多用されているが、それ以上に、∧ターンが多用されている。沖縄民謡も、何曲か聞いてみる。なるほど、 Vターンが多い。そしてもうひとつ、演歌も聞いてみる。演歌は、 Vターンはやや少ない。とはいえ、しっかり用いられている。しかし、沖縄民謡と比べると、∧ターンの方が、圧倒的に多いのだ。日本民謡と沖縄民謡の違いは、まず、旋法が違う。両方共、唄のメロディがメジャーペンタトニックで、出来ている場合でも、沖縄民謡は、伴奏に、三線によって、琉球旋法がちりばめられている。沖縄民謡の唄が、琉球旋法で出来ていれば、なおさら違う。もうひとつ違いがある。日本民謡の方が、 Vターン以外の、 ∧ターン、そして、派手なこぶしの連続、かなり複雑なベンディングを多用している。それに比べて、 Vターンはかなり少ないと言える。そのため、日本民謡の Vターンは全然目立たないのだ。これに対して、沖縄民謡は、 Vターン、それに続くベンディングアップ、そしてビブラート。ほぼ、これの連続で唄われていて、かなりシンプルである。 ∧ターンはかなり少なく、派手なこぶし、複雑なベンディングは、ほとんどないといえるのだ。沖縄民謡は、ほとんどが Vターンの連続だ。そしてこの Vターンは、拍の頭についているアクセントに連動している。どうしても、この Vターンの雰囲気が、沖縄民謡の全体を支配することになるのだ。

翻って、日本民謡と沖縄民謡には、共通点もかなり多いのだ。例えば、伴奏よりも唄のタイミングが早い。これは、ブルースが似ているが、ブルースの唄も伴奏も、もう少し前である。日本民謡と沖縄民謡の唄のタイミングが、早いといっても、Jポップス、ロック、JAZZに比べると、タメている。伴奏は、それ以上にタメているのだ。ただ、何にでも例外はあるもので、津軽三味線阿波踊りの伴奏は、現代の、ロック、JAZZ,ポップスと、リズムのタイミングは、ほぼ、同じである。そしてもう一つの共通点は、いくつかの打楽器と、数本の三線、または三味線と、数人のボーカルで編成されている。そしてそれらは、単音のユニゾンが多い。これは、アジアの民謡によくみられる形式である。

気になるのは、日本民謡も沖縄民謡も、唄、伴奏共に、「何かが乗っている」曲がほとんどないことである。どうも、そういうことは考えていないようだ。民謡に限らず、長唄、歌舞伎、能も、同様だが、それに携わる人の数が少なくなり、それによって生計を立てる人の絶対数が少なくなると、その芸能のレベルが低下するという問題に直面するものだ。ただの保存会になってはいけない。

THE BOOMの「島唄」という曲があるが、歌詞の一番の「島唄よ 風に乗り~」の「乗り」から「海を渡れ」まで唄に強く「何か」が乗るのである。それより前にそれはないし、後にも無い。この部分のみ乗っているのだ。そして、二番以降の全部にもそれは無い。たまたまこの部分だけ唄に何かが乗ったというしかない。たぶん、ボーカルの宮沢和史は、この曲に何かを乗せるということを考えていると思う。三線のメロディにもギターのソロにも「何か」があるのだ。唄には思うように「何か」は乗っていないが、三線などの民謡の楽器がこのようなコンセプトの音楽に参加することは非常に大事である。三線音楽のレベルアップに繋がるのだ。内向きになってはいけない。この「島唄」のメロディは、琉球旋法で出来ている。唄のピッチは、平均律から、かなりずれる所があるが、これが、沖縄のピッチなんだと思う。沖縄っぽくずれていて、少しも変ではない。この曲の三線からは、「何か」がくる。

沖縄民謡も、最初から今のこのような形になっていた訳ではない。古代から、何度も他の音楽の影響を受け、形を変えて、今の沖縄民謡があるのだ。

夏川りみの「涙そうそう」は、なぜ沖縄っぽいのか?それは、シンプルな  Vターンの繰り返しと、拍の頭のアクセントにあるのだ。

また、手嶌葵 「」 の B メロに V ターンが頻繁に使用されている。 世界的な視点で考えた場合、この V ターンは、J  ポップスにおけるオリジナリティの重要な要素の一つになるのではないだろうか。(改)(完)

 

” 雪の華 ” を中島美嘉はどう唄っているのか・・・(改)

 音に何かを乗せる・・・美しい音とは