絶対音感・・・絶対音高、絶対速度、絶対音色、絶対音強、絶対音空間

絶対音感。この言葉を素直に受け取れば、これは音に関する総合的な絶対感覚という意味であろう。総合的とは、音の高低(ピッチ、周波数)、速度(テンポ)、音色、強弱、音空間のすべてである。しかし今、絶対音感と言えば、音の高低における絶対的な認知能力のみを指すのが普通となっているが、ここに挙げた五つの感覚はそれぞれ別個に考えなければならない。

絶対音高とは、誰でも人間の顔が一人ひとり違うのを認識できるのと同じように、音のピッチの違いを人の顔のように全く別物として認知できる能力のことである。本来、動物にはこの能力が備わっているもので人間も幼い頃には他の動物と同様にこの能力が備わっているとされている。乳児は、母親の声と別人の声の違いを顔が違うのと同じようにピッチの違いで認知するのだ。元々、本能として動物はこの能力を持っているのである。そして、人間が言葉を使用するようになって、この能力が衰えたとされている。言葉の使用経験の少ない幼児には、元々この絶対音高がある訳である。従って、大きくなってもこの能力が落ちないように工夫すれば、絶対音高を持った大人ができる。

絶対速度。 これは1分間における拍の数をいう。1分間に1 拍の場合、テンポ1でそして1分間に60拍はテンポ60で1拍の長さは1秒間となる。ここでいう絶対速度とは、例えば、テンポ 120 をメトロノーム、時計などに頼ることなく正確にクリックを刻める能力のことを言う。テンポ 120 は、1 秒の倍の速さなので、 1 秒の長さを把握できる人には可能であるが、テンポ 132 とか、168 はかなり難しい。1年間、テンポ 132 のみで毎日 6 時間楽器演奏をしていれば可能かもしれない。

絶対音色。人間誰でもある程度は持っている能力である。ピアノ、サックス、トランペットの音の違いは、誰でもわかる。しかし例えば、ヤマハの同じ機種のピアノ 3 台を A, B, C として、この音は A のピアノとか、 B のピアノの音とかわかるとなると、話は別である。このような違いがわかる能力を絶対音色と呼ぶことにする。人間は、アナロジーによってA, B, C のこの音をピアノの音という言葉によってひとくくりにしてしまう。このことによって微妙な違いに心が届かなくなる。

絶対音強。譜面に出てくる強弱記号、例えばピアノ、フォルテなどは絶対的なものではない。相対的な記号である。譜面に強弱記号があっても、オーケストラによって音の大きさは違ってくる。音の大きさは、数値的にはデシベルで表される。計器があってそれによって表示されるが、これらの計器を使用せずに一つの音を聞いて、その音の大きさを数量的に認知する能力(デシベルでなくてもよい)を絶対音強と呼ぶことにする。

そして、絶対音空間。これは物理的に同じ音色の音が発音されても、その音を包み込む音空間の色の違いを認識できる能力のことである。これは、音の組み合わせによる違いではなく、一個の音での違いである。そして、ピッチの違いによるものでもなく、タイミングの違いでもない。例えば、アンネ・ゾフィー・ムターと絢香は同じ音空間を持っている。特に絢香のカバーアルバム 「遊音倶楽部~1st grade~」の 7 曲目にある ” LA・LA・LA・LOVE SONG ” は,音空間の色が濃い。久保田利伸には無いものだ。オリジナルとこの絢香のカバー曲の唄を比べてみるとよくわかる。絢香のこの唄と同じ音空間を持つのがコブクロ、生きものがかりのボーカル、kiroro のボーカル、yui 。ジャズではチャーリー・パーカー、オーネット・コールマン、リー・リトナー、ルイ・アームストロング、ロレツ・アレキサンドリアなど。ロレツ・アレキサンドリアの名前は最近知ったのだが、音空間の色の濃さはビリー・ホリディ以上である。しかしなぜか彼女の一般的な評価は低い。

この絢香の音空間とは別の音空間がある。例えば、キース・ジャレットのピアノ。またはユリア・フィッシャー、五嶋龍のバイオリンだ。(つづく)