非西洋音楽の平均律化について(改)

非西洋音楽の平均律化について

 元々 平均律でない音階を持つ音楽でも、現代において平均律の楽器によって伴奏された旋律は徐々に平均律化していく。ラテン、ブラジル、アフリカ、アジア、アメリカにおける現代の大衆音楽などで言える。日本の演歌もそうと言える。多少のナマリは残る。現代のアメリカの ブラックミュージック も ブルーノート も含め徐々に平均律化されている。これはブラックミュージック、ラテン、ブラジル、日本の演歌などでも、ピッチ補正をかける場合、普通は平均律でかけてしまうのも理由のひとつである。
 この事は、一概に悪い事とは言えないのである。今に至るあらゆる音楽は、その時代時代においてその周辺の音楽の影響を受け、それを取り込んできている。 クラシックも アジアの音楽の影響を当然受けている。20 世紀には JAZZ の影響を受けた作品もある。逆にクラシックはあらゆる国の大衆音楽や伝統音楽に影響を与えている。たとえば日本の古典芸能の能の奏者にしても、現代では多大な平均律音楽の中で生活しているので、いやでも影響を受けているはずだ。能における音楽も、東アジアはもちろんそれに繋がる西、中央アジアの音楽の影響を受けて出来ている。あらゆる音楽がコンフュージョンしているわけだ。良いとか悪いとかでなく、そういうふうになってきていると言うことである。そして、現代の音楽もその流れの中にあると言える。2014/05